思想

私から共へ。その想いに至るまで

はじまり

若い頃、一人の先輩建築士に出会いました。その方の仕事ぶりを見て、純粋に「かっこいい」と思ったのです。自分もこうなりたい—その憧れが、私を建築の世界へと導きました。
しかし独立してから気がついたのは、私は住宅設計というものを本当には学んでいなかったということでした。
独立後、伊礼智さんのデザイン学校に参加し、初めて住宅設計というものを本格的に学ばせてもらいました。そこで多くの方々と出会い、様々な考えに触れる中で、私の設計に対する思想は大きく変わっていくことになります。

気づき

勤めていた頃は「自分の家」(施主目線)、「あなたの家」(設計者目線)で仕事をしていました。すなわち「私」の視点でした。
多くの土地開発による分譲住宅地。最も歩留まりの良い敷地割りと道路配置。そこに次々と建っていく「自分だけの家」「あなただけの家」—これらを目の当たりにした時、深い虚しさを感じました。
それは我々住宅建築に携わる者全ての人による怠慢ではないのか。そう感じた瞬間、「これじゃダメだ」と強く思ったのです。

転換

建築評論家の南雄三さんとの出会いは、今の私の思考、思想の素になっています。南さんの言葉も著書も、私のバイブルです。
独立後の多くの人との出会いを通じて気がついたことがあります。「マチの風景」「社会的資産」こそが大切であり、これを基本的な考え方としなければ持続していかないということでした。
過度に分散し「私」を求めるやり方は、今後のことを考えるともう終わりにする必要がある。これからは、集まり「共」を軸とした生活を基本として考えていかなければならない時代に入っているのです。

実践

「共」の考えを実践に移すようになりました。
新築での「共」
敷地に都合の良い配置計画ではなく「太陽に素直」に設計し、敷地に残った余白を周囲に開放できるようにしています。
リノベーションでの「共」
まるで新築のように突如現れるような仕上がりではなく、周囲環境に馴染むような仕上がりで完成させることを心がけています。
設計する住宅は極力持続可能なものを検討し、周辺への配慮を常に意識するようになりました。

現在、そして未来

正直に申し上げると、私自身が「共」の考えを持っていても、クライアントはまだまだ「私」の考え方が多いのが現実です。これを話し理解してもらえない時は、まだ悩み迷います。
周囲の反応も、まだまだこれから周知し共に実行していく段階です。
嬉しかった瞬間も、まだこれからです。
それでも私が思い描く理想があります。
敷地境界線ではっきりと区画されずに、あいまいに隣とつながりマチと繋がる。そこに住まう人々が「共助」するマチ。そういったものを想像しています。
次世代の建築士には、「共」を基礎とし、そのなかで「私」を表すように考えて欲しいと願っています。

循環への想い

川上から川中、そして川下まで、循環を大切にした地域造りを目指したい。地元の森で育った木材を地元の職方が加工し、地域の住まいに活用する。完成した住まいは地域の人々が大切に使い、やがて役目を終えれば再び自然に還る。
このような循環の輪を築くことで、地域全体が持続可能で豊かな環境となっていくのではないでしょうか。
一人の建築士としてできることには限りがありますが、人と人、そして人と街を繋げていくことができるのも、建築士としての大切な職能だと思っています。住まいという身近な場から始まり、やがては地域全体の未来へと想いを繋げていく—そんな建築士でありたいと願っています。